■新しい世紀の扉を開く‥‥‥プロトタイプの完成

 今、こうしたフラグメントの集大成を具現化したものとして、このプロトタイプが完成した。車名は"VEMAC RD180"。社名VEMACに、基本設計をした東京R&DにちなんでRDをプラスして命名された。180は、排気量である。

 ここで当初FOTONと呼ばれていた名前がVEMACに変わったいきさつを紹介しなければならないだろう。
この提案はクリス・クラフトからのものであった。
VEMAC RD180
実車が完成に近づくにつれ、クリスはこのクルマが大きなポテンシャルを持つことを感じ始めた。大きな可能性をもった、このプロジェクトにかかわった人間すべてにとっての新しい子供、この子供にすばらしい名前を与えたい。そう思ったクリスは友人のリック・ワードに相談を持ち掛ける。
リックはロンドンで企業のブランド確立のコンサルティングを行う、その道のプロである。国際的な企業のブランド確立の実績も豊富である。McLaren Carsのブランド構築作業、クリスが生産したRocketのブランド名、The Light Car Companyという会社名の命名、バッジデザインもリックが担当した。
完成近いクルマを見せられたリックも、このクルマにはすばらしい名前をつけなければならないと感じた。
小野とヴァーンに連絡がとられ、急遽プロジェクトチームが組まれる。
数多くの地名、固有名詞、英国や日本を想像させる名前、猛禽類の名前、この事業に日本、英国、アメリカから参加している会社の名前を組み合わせたものなど、検討対象にあがった名前は数知れない。 しかし既存の名詞はほとんどが既にだれが登録していて使えない。こうして登録可能な名前のなかからリックが強く推薦した名前がVEMACだった。
 VEMACはこの物語に登場するアメリカ、日本、イギリスのそれぞれの会社のリーダーのファースト・ネームVErnon、MAsao、Chrisを組み合わせたものである。この名前にしようと決心する時のことを、小野はこう語っている。
「日本側でもいろいろな意見が出ていました。でも日本人の感覚でつけた名前が国際的に成功する確率は低いと思っていたので、語感、綴ったときの文字の形からVEMAC以外の名前はありえないと主張するリックの意見を尊重するべきと考えました。その一方で正直に言うと会社の名前に、あるいは製品であるクルマの名前に、自分の名前の一部とはいえ、それをつけることには躊躇がありました。そのときふと山川さんの書いた“僕らがポルシェを愛する理由”を手に取り開いたページに自動車メーカーの名前について書かれた部分がありました。
“ぼくの友人達の間でも、創業者や設計者の名前のついた自動車メーカーにしか興味がない、という連中は多い。”
 つまり、一部分とはいえ自分の名前をつけることにより、その会社にあるいは製品に、創業者や設計者が強い責任感、思い入れを持つことによって個性のある、存在感のある会社やクルマに育てていけということだと思ったのです」と。
 VEMACとは、クルマを愛する3人の男達の、聖なるトライアングルを意味するのだ、とぼくは思う。 「まだ出来立てで、思い通りに仕上がっていないところもあるかもしれません。これからそれらを丹念に一つ一つチェックしながら、私たちが目指している目標へと近づける努力を重ねてゆきます。その指標となるコンセプトの原点は"人間"です。これからは、データも大切ですが、実際にこのクルマを操る人間が持っている自然な感覚をより重視して改良をつづけていくことにより、さらに磨きがかかった理想のスポーツカーへと高めてゆきます」
 小野昌朗は、そうも語っている。
 つねにベースのコンセプトと照らしあわせながら、新しい世紀の扉を開くスポーツカー、本当のスポーツカーの完成を目指して、努力はさらに積み重ねられることになる。