■愛の使い‥‥‥トランスミッションの改造 エンジン本体は決まった。しかしもうひとつ大きな問題があった。それはトランスミッションである。 ホンダから供給を受けるエンジンはもともと横置きで前輪駆動車両に搭載されているものであり、トランスミッションも横置きで一体になっている。前輪駆動車両のパワーユニットをトランスミッションごとミッドシップに搭載したスポーツカーは多い。販売されているライトウエイトミッドシップスポーツカーのほとんどがこの方式を採用していると言っても過言ではない。 しかし小野たちは、エンジンを縦置きにすることにこだわったのである。 その理由は、スポーツカーとして理想的な重量配分を得るためには、どうしてもエンジンを縦置きに搭載する必要があるということだった。 小野がレーシングカーデザイナーとして駆け出しのころ、彼が設計したマシンにも前輪駆動のパワーユニットをそのままミッドシップに搭載した例があった。しかしながら、特に直列4気筒エンジンの前輪駆動ユニットの場合、それをミッドシップに置くと後車軸のかかる重量が大きくなりすぎ、限界領域でのハンドリングがトリッキーになる。 レーシングCadwellはミッドシップでありながら、マイルドな限界領域のハンドリング特性を実現していた。これはレーシングCadwellがエンジンを縦置きにしているがゆえに実現できた特性であることを、小野たちは肌身で認識していた。 オンロードバージョンにもレーシングバージョンのすぐれた特性を引き継ぎたいという強い思いがエンジン縦置きへのこだわりにつながったのだ。 だがそれには、エンジン縦置き配置を可能にするトランスミッションが必要になる。 小野たちは量産車用、レース用をとわず広く使えそうなトランスミッションを探す。その結果レース用トランスミッションの中から捜せば、なんとか使えそうなトランスミッションは手に入りそうであった。だがさらに調査をすすめた結果、耐久性と騒音の観点で不適切という結論になった。 騒音とはギヤノイズのことで、これがナンバー取得において、オンロードカーが満たさなければいけない基準に合致しないのである。その結果小野たちはトランスミッションの開発を決心をする。 トランスミッション開発にはまったく新たに開発する方法と、既存部品を上手に改造するという2つの方法があった。小野たちは両方の方法を検討したが、最終的には既存部品を改造してエンジン縦置き搭載を可能にするトランスミッションを作り出すことにする。それは供給されるホンダエンジンに組み合わされているトランスミッションのギヤセットなど、主要な内部部品をほとんど使いながら、それにいくつかの部品を追加して新設計のケースに収めエンジン縦置きレイアウトを可能にする巧妙なものである。 このトランスミッションの開発もクリス・クラフトの管理の元、英国で行われることになった。 スポーツカーの醍醐味とは、単に速ければそれでいいというわけではない。ハンドルを握るたびごとに快感をおぼえ、そのダイナミックな走りとともにクルマを制御していることの実感を、緊張感とともにに体感させてくれる。それこそが、スポーツカーというものである。 それを現実のものとしてくれる、ドライバーの感覚にあわせて気持ちよく連動するエンジンの挙動。そこから生み出されたハイパワーを確実にタイヤへと伝える要、そんな役割を担っているのがドライブトレインだ。 その中でもとりわけドライバーの意志と直接かかわりあうメカニズム、それが、トランスミッションなのである。それだけに、トランスミッションに求められるのは、ドライバーとの一体感、つねにエンジンから受け取るハイパワーを活かしきっていると感じ取れる充足感をともなったフィーリングなのだ。 いわば、トランスミッションとはエンジンとタイヤを結ぶ、あるいはドライバーとクルマを結ぶ、愛の使いなのである。 ドライバーとの一体感を実現するには、歯切れがよく小気味よい操作感が楽しめるシフトチェンジが欠かせない。 このために、高剛性のシフトリンク機構もあわせ開発し、これを、フォーミュラーカーと同じドライバーの右サイドに置き、俊敏でよりレーシングカーに近い操作フィーリングが楽しめるよう配慮されたわけだ。 こんなところにも、こだわりをみせているのである。あるいは、"VEMAC RD180"の先進性が、こんなところにも表現されている、と言うべきかもしれない。"VEMAC RD180"は、"今"のスポーツカーなのである。 |